M&Aのリスクと回避策!失敗例から見つける賢い選択

M&Aに潜むリスクとは?

のれんの減損リスク

M&Aにおいて、「のれん」は極めて重要な資産です。その評価が適切に行われない場合、大きなリスクをもたらします。

「のれん」とは、買収した企業の評価額(買収対価)から純資産(時価純資産額)を差し引いた残りの価値です。主にブランド力や技術力、将来の収益力への期待といった無形資産を指します。

買収後に想定していた収益が得られなかった場合、その価値が減少する「減損リスク」が発生します。この減損処理が必要となると、買収企業の財務状況に大きな影響を与え、巨額の損失計上が求められる場合があります。過去にも、買収価格が過大評価されていたことで減損損失を計上し、株価下落や企業イメージの悪化を招いた事例が多く存在します。

こうしたリスクを回避するためには、慎重で適切なのれん評価が求められます。

デューデリジェンス不足による見落とし

デューデリジェンス(DD)とは、M&Aや投資取引において、対象企業(売り手側)の真の価値と潜在的なリスクを詳細に調査・評価するプロセスです。

DDでは、調査対象とする分野に応じて専門家が分担して実施します。一般的に、財務DD、法務DD、ビジネスDDは必須の調査項目とされます。そのほか、必要に応じて税務DDや人事・労務DD、IT DDを行います。

DDは、M&Aの成否を左右する重要な手続きです。対象企業の財務状況、不正リスク、訴訟などの潜在的リスクを十分に調査しないと、当初予定していた投資対効果が得られなかったり、簿外債務や偶発債務といった予期せぬ負債を抱え込むリスクが増大します。

 適切なDDは買収後のリスクを最小限に抑え、投資判断の精度を高めるのはもちろん、リスクを特定して最終契約やPMI計画に反映させ、M&A後のトラブルを未然に防ぐ上でも極めて重要です。

シナジー効果が得られない

シナジー効果とは、両社の企業が統合することで得られる相乗効果を指します。具体的には、売上拡大、コスト削減、技術融合、新市場への進出などが含まれます。その達成には、M&A後のPMIの適切さや、事業の強化・拡大に向けた戦略の明確化が必要不可欠です。

統合戦略が不十分だったことで、市場競争力を十分に発揮できず、買収コストに見合う利益を上げられなかった事例が多く報告されています。M&Aを成功させるには、事前の綿密な計画(戦略策定)と、成果を客観的に評価するための実現可能な目標設定(KGI/KPI)が鍵となります。

従業員の離職と文化の統合問題

M&A後の課題としてよく見られるのが、従業員の離職や企業文化の統合問題です。買収後に従業員が不安を抱えたり、混乱したりすることで、事業の核となる優秀な人材が流出してしまうケースがあります。これはM&A後の事業運営に大きな影響を及ぼしかねないリスクです。

また、異なる文化を持つ企業同士が統合する際、コミュニケーションや方針、人事評価制度などの違いによって摩擦が起こり、組織全体の調和を乱すリスクが生じます。

このようなリスクを避けるため、経営者は従業員に対して、M&Aの目的や今後の経営方針について透明性のある説明を行い、適切なPMIを策定することが必要です。PMIは、意識面、業務面、経営面の3つを統合して初めて十分な効果が発揮されます。

過去の失敗事例から学ぶ教訓

東芝によるWECの買収

2006年、東芝は米国の原子力大手ウェスチングハウス(WEC)を約6,600億円(54億ドル)で買収しました。将来的なエネルギー不足に備え、原子力事業を主軸に据える目的がありました。しかし、WECの経営悪化に伴い、東芝は2017年に約1兆円という巨額の減損損失を計上。WECは2017年3月に破産を申請し、東芝は後にWECを実質無償で売却しました。

このM&Aの失敗要因は、①事業コストの過小評価②DDの不十分さ、であると指摘されています。

買収額の54億ドルは、当初の予測価格の3倍もの高値でした。この高額な買収額、特に「のれん代」が問題となりました。東芝は、競合に競り勝つために真の企業価値を見誤り、「高値づかみ」をしてしまったと指摘されています。

また、東芝による買収後、WECは原発建設会社(S&W社)を買収しました。しかし、S&W社は7,000億円もの隠れ損失を抱えていたことが後に判明しました。東芝は、買収時に事業のリスクや潜在的な問題を十分に把握できておらず、巨額損失に気づいたのは買収後でした。

パナソニックによる三洋電機の買収

パナソニックは、リチウムイオン電池事業の強化を狙い、2009年に三洋電機を約8,000億円で買収しました。両社のノウハウを共有し、シナジー獲得を目指しましたが、十分な効果が発揮されませんでした。パナソニックは2012年3月期に、約2,500億円の減損損失を計上し、当時の国内製造業としては過去最大規模の赤字(7,000億円)となりました。

失敗の主な要因は、海外企業との競争激化、円高・ウォン安の影響、リチウムイオン電池市場の価格競争により、三洋電機の収益が悪化したことです。また、文化の違いとPMIが不十分であったことも挙げられます。

トップダウン型のパナソニックとボトムアップ型の三洋電機という異なる企業文化が激しく衝突したほか、三洋電機の主力事業の管理職がパナソニック出身者に置き換えられ、優秀な人材の流出を招きました。PMIの観点からは、事業の成長性を図れていなかったことや、人事面での優秀な人材の流出が失敗の大きな要因とされています。

日本郵政によるトール・ホールディングスの買収

日本郵政は、郵便事業の成長が見込めない中で、国際展開による事業拡大を目指し、2015年5月にトール社を約6,200億円(約6.5億豪ドル)で買収しました。しかし、買収からわずか2年後に、トール社の「のれん」と商標権など約4,000億円の減損損失を計上し、日本郵政は民営化以来初の赤字に転落しました。

失敗の要因として、①不適正な買収価格②DDと戦略の甘さが指摘されています。

トール社の買収価格は当初の時価総額(4,100億円)に対し5割弱のプレミアムであり、極端に高額ではありませんでした。しかし、買収後、資源価格の低迷に端を発する豪州経済の減速や中国経済の減速の影響を受け、トール社の業績は大きく落ち込みました。結果的に「高値づかみ」をしてしまったことになります。また、買収額6,200億円のうち、のれん代が4,000億円以上を占めていたことから、のれんの過大評価を指摘されています。

加えて、買収検討の意思決定において、豪州経済の見通しなどに関する評価やリスクの把握が甘かった、楽観的すぎたとの批判もありました。そのほか、日本郵便とのシナジーの道筋が不明確で、M&Aの実行自体が目的化してしまった点も指摘されています。

M&Aを成功させるポイント

綿密なDD

DDの目的は、買収対象企業の財務状況や事業運営の実態を詳細に調査し、リスクを抽出・把握することです。特に、財務面での不備や隠れた負債(簿外債務や偶発債務など)を見落とすと、買収後に減損リスクや想定外の損失を被る可能性があります。

リスクを最小限に抑えるためには、弁護士、会計士、税理士など専門家の力を借りながら、財務、法務、事業の将来性/市場状況(ビジネスDD)を細かく分析し、徹底して調査することが重要です。

適切なのれんの評価

過大評価されたのれん(高値掴み)は、買収後の業績が想定通りに上がらない場合に「減損損失」をもたらします。企業の純利益を圧迫し、企業価値を著しく下げる原因になります。

適切な評価を行うためには、買収価格が適正であったかを検証することが重要であり、将来キャッシュフローの予測や、業界のEBITDA倍率などを参考にする企業価値評価(バリュエーション)が必要とされます。

組織文化や従業員の統合戦略の策定

M&Aにおいて文化や従業員の統合がスムーズに進まないと、組織全体の生産性が低下し、目的としていたシナジー効果が得られないことがあります。特に、企業間で経営方針や風土が大きく異なる場合、この問題は顕著になります。

優秀な人材の離職(キーパーソンの流出)を防止するには、M&Aの初期段階からPMIをしっかりと計画し、従業員との対話や透明性の高い説明を行うことが不可欠です。経営陣がリーダーシップを発揮し、従業員の不安を解消しつつ、適切なサポート体制を整えることが重要です。

リスク分析と事前シミュレーションの実施

M&Aを成功させるには、潜在的な懸念事項や想定される課題(リスク)を洗い出すことが必須です。

DDやM&A戦略策定段階で、多角的なシナリオ分析や事前シミュレーションを行うことで、M&Aの失敗リスクを大幅に低減することが可能です。このプロセスでは、潜在的な課題に対する対策を事前に講じ、買収価格の妥当性を検証します。

例えば、減損リスク(のれんの過大評価)や目標企業の財務リスク、PMIの失敗などの具体的なシナリオをもとに、リスクを定量的に企業価値に反映させるシミュレーションを実施します。

このようなリスク分析とシミュレーションを行うことで、投資対効果を最大化し、失敗を回避する賢い選択(ディールブレイクの判断など)ができるようになります。

買収後の運用も重要

継続的なモニタリングとアジャストメント

M&Aの成功は買収後の運用に大きく左右されます。特に、シナジー効果が計画通りに発揮されているか、また、のれんの価値が適切に維持されているかを継続的にモニタリングすることが重要です。モニタリングの中で課題が明らかになった場合には、柔軟なアジャストメントを行い、方向性を修正する姿勢が求められます。

このプロセスを怠ると、目に見えないリスクがのちに減損損失や業績不振として現れる可能性があるため、慎重かつ計画的に推進することが成功への必要条件です。

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