M&Aにおける現金預金の扱い方を解説!企業価値評価と契約時の注意点とは

M&Aにおける現金預金の役割
現金預金が取引に与える影響
M&Aにおいて、現金預金は企業の財務状態を示す重要な要素の一つです。買い手側にとって、現預金の多寡は企業価値の評価だけでなく、取引価格にも影響を及ぼします。
特に株式譲渡の場合、現金預金は会社の資産の一部としてそのまま承継されるため、事前の確認が欠かせません。一方で事業譲渡の場合は、現金は基本的に譲渡対象に含まれないことが多く、買い手が運転資金を別途用意するケースが一般的です。
このように、現預金の扱い方はM&Aの形態に応じて大きく異なるため、取引前の詳細な確認が必要です。
「必要最低現預金」とは
「必要最低現預金(ミニマムキャッシュ)」とは、事業を継続的に運営する上で、最低限手元に残しておくべき現預金の水準を指します。これは事業運営上必要な現預金や必要運転資金とも表現されます。
必要最低現預金を超える現預金は「余剰現預金」または「非事業用現預金」と呼ばれ、即時に取り崩し可能な価値として、株式価値を押し上げる効果を持ちます。必要最低現預金は、これらを算定するためのベースとなるため、売り手と買い手が取引条件を決定する上での重要な要素となります。
現金預金が企業価値評価に及ぼす影響
M&Aにおける企業価値の評価において、現預金等価物(現預金および短期有価証券)は重要な要素の一つです。
特に、バリュエーション手法としてのDCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)では、現預金等価物を「事業用現預金」(事業遂行に不可欠な資金)と「余剰(非事業用)現預金等価物」に分類し、後者のみを事業価値に加算して企業価値を算定するケースが増えています。具体的には、企業価値は「事業価値+非事業用資産残高」として計算されます。
簡略的な試算方法として用いられる純資産法や収益還元法においても、現預金や貸付金を調整後価値に加算し、借入金などを控除します。そのため、現預金等価物の正確な算定とその取扱いが留意点となるのです。
さらに、現預金を多く保有する企業は「ネットキャッシュ」という健全性の指標を高く保つことができます。ネットキャッシュとは、「現預金」と「1年以内に換金できる有価証券」の合計額から「有利子負債」を差し引いた金額です。
買収価格は「企業価値(EV)±ネットキャッシュ・ネットデット」で算定されます。ネットキャッシュを多く保有する企業は、最終的に株主が受け取れる売却額が高くなる要因となるため、魅力的な買収対象として評価されやすくなります。
M&Aスキームと現金預金の取り扱い
株式譲渡と事業譲渡の違い
M&Aにおいて、株式譲渡と事業譲渡はスキーム上の違いだけでなく、現金預金の扱いにも大きな違いがあります。
株式譲渡は、会社の株を買うことで経営権を引き継ぐ取引であり、会社そのものは存続します。そのため、現金預金はそのまま会社に残ることになり、M&Aの前後で扱いは変わりません。また、借入金などの負債も一緒に承継されます。
事業譲渡は、特定の事業や資産だけを買い手に譲渡する方法です。譲渡対象に含める資産・負債を契約で個別に定めるため、現金預金は基本的に移動しないことが一般的です。事業譲渡契約書の例では、譲渡対象資産の項目に「現預金」が含まれる場合もありますが、その範囲は個別に特定されます。
このように、スキームごとに現預金の取扱いが異なるため、事前に十分な確認が必要です。
買収資金と現金流出の関連性
株式譲渡の場合、買い手は企業の株式を購入するための資金を用意する必要があります。しかし、現金預金自体は企業内にそのまま残るため、事業運営に直結した資金移動は少ない場合が多いです。
事業譲渡では、譲渡対象となる事業に付随する資産・負債を個別に承継します。現預金は通常対象に含まれないか、必要最低限の資金水準が別途定義されます。そのため、買い手が事業運営に必要な運転資金を別途用意しなければならないケースが多いです。買い手は、事業に必要な資金水準を見極め、余剰資金を把握しておくことが、株式価値評価や買収資金調達設計の上で重要になります。
また、取引後の現預金の使途や資金計画を適切に練ることもポイントです。例えば、買収後の資金調達設計において、対象企業が持つ余剰資金を買収資金の一部や借入金返済に充当できるかを検討しておくと良いでしょう。
契約内容における現金預金の明記
M&Aの最終契約書(株式譲渡契約書や事業譲渡契約書)には、譲渡価格を決定する際に価格調整条項を設ける場合があります。
株式譲渡では、基準日からクロージング日までの間に資産・負債が変動しても、純資産額自体は変動しません。そのため、価格調整は必須ではないとされています。しかし、現預金残高に関する保証条項が設けられる場合があります。企業内の現金預金がどのように扱われるかが曖昧だと、後でトラブルになる可能性が高いため、契約締結時の慎重な検討が不可欠です。
事業譲渡では、譲渡対象となる資産・負債を明確に特定することが不可欠です。そのため、契約書には譲渡対象資産として「現預金」の金額を明記することがあります。
また、M&Aが完結する時点での「必要最低現預金」の取り決めは、企業価値評価の透明性を高める上で非常に重要です。必要最低限預金は事業運営上必要であるだけでなく、株式価値の増減に影響するためです。この水準を明確に合意することは、余剰資金の過大・過少評価を防ぎ、最終的な価値評価の精度に影響します。
現金預金をめぐる注意点
ファイナンシャルDD(財務デューデリジェンス)での確認ポイント
財務DDにおける資金繰り分析の主要な目的の一つは、余剰資金(非事業用資金)の水準を把握することです。
また、銀行借入れ(有利子負債)の有無や条件も、企業価値や買収価格に直結するネットデット(純有利子負債)を算出するために確認が不可欠です。
そのほか、役員貸付金は会社にとって負債として計上され、M&A時に現金返済または債務免除といった処理方法によって買収条件や企業価値に影響するため、注意深く精査が必要です。
ネットキャッシュの見極め方
ネットキャッシュは、企業の財務健全性や資金繰りの状況を把握するために活用される指標です。
ネットキャッシュがプラスであれば資金繰りが健全と判断され、株式価値の評価にもプラスの影響を与えるでしょう。マイナスの場合は、有利子負債の多さがリスク要因として評価されます。
現預金の動向が直接的に企業価値へ影響を及ぼすため、この区分を明確にすることが必要不可欠です。
M&A後の現金預金の変動と経営への影響
買収後の資金活用法
M&Aを通じて得られた現金は、事業拡大や新しい設備投資、さらには従業員の福利厚生の向上など、さまざまな目的で活用されます。特に、買収の一環として企業の競争力を強化するための施策に多くの資金が充てられることが一般的です。
また、M&A後も一定の現預金を保有しておくことで、突発的な資金需要や景気変動に対応する準備を整えることができます。これにより、経営の安定性が向上し、持続的な成長が期待できます。
後継者不足時のM&Aによる現金流出事例
中小企業では、後継者不足を理由にM&Aを検討するケースが増えています。しかし、その過程で現金流出が発生することがしばしばあります。例えば、会社の存続のために買い手に企業を売却する際、役員貸付金や退職金の支払いとして現預金の一部が流出する場合があります。また、買収後の運転資金や銀行借入金の一括返済により、売り手企業の現金預金が大きく減少することもあります。このため、売却後も適切な資金管理を行うことで、経営リスクを最小限に抑えることが重要です。
現金管理がもたらす経営健全性の向上
M&A後は、現金預金の適切な管理が経営の健全性向上に直結します。特に、企業の財務基盤を強化するためには、現預金の管理と運用が不可欠です。例えば、運転資金としての必要最低現預金を考慮し、リスクヘッジのための適切な流動性を確保することが求められます。また、余剰資金を効果的に活用することで、配当の増加や新規投資への転用が可能となります。これにより、事業の成長機会を逃さず、長期的な視点での企業価値の向上が期待できます。
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