これからのM&A市場:過去最多件数更新の背景とは

M&A市場の現状
近年のM&A件数の推移
国内M&A市場は、長期的な拡大基調を維持しています。1985年にはわずか260件であった年間件数は、2017年に3,000件を突破し、30年間で約11倍超の規模へと成長を遂げました。2019年に初めて4,000件の大台に乗せて以降、コロナ禍による一時的な停滞を経て、2023年には4,015件を記録。さらに2024年には4,874件に達し、過去最多を更新しました。2026年現在も、中小企業の事業承継や大企業の事業ポートフォリオ再編を背景に、市場は極めて活況を呈しています。
業界別M&Aの動向
業界別では、ソフトウエア・ITサービスを含む電機業界が牽引役となり、次いで建設、不動産、介護、食品といった分野での再編が目立ちます。これらの業界では、慢性的な人手不足の解消や市場シェアの拡大を企図したM&Aが常態化しています。また、デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速に伴い、非IT企業によるITスタートアップの買収(ケイパビリティ獲得型M&A)が全産業的に波及しており、今後もこの傾向は継続するものと解されます。
海外市場との比較
欧米市場と比較すると、日本のM&A市場は依然として中小規模の案件が中心であり、GDP比での市場規模には拡大の余地を残しています。しかし、国内市場の成熟を背景に、成長機会を海外に求める「クロスボーダーM&A」の重要性は年々高まっています。2024年以降、日本企業による海外企業の買収(OUT-IN)は、円安局面においても戦略的投資として高水準を維持しており、企業のグローバル・ガバナンス強化と競争優位性の確保に向けた不可避な選択肢となっています。
ポストコロナにおける変革
パンデミックを経て、M&Aのプロセスは劇的な進化を遂げました。オンライン交渉の定着やリモート・デューデリジェンスの高度化により、検討期間の短縮と物理的制約の解消が進んでいます。2024年以降は対面交渉の価値が再認識される一方で、デジタルツールを併用したハイブリッド型のディール遂行がスタンダードとなりました。これにより、地理的条件に縛られないマッチングが活性化し、市場全体の流動性を高める要因となっています。
M&A件数が増加している背景
中小企業の事業承継問題
日本経済の喫緊の課題である「事業承継」は、M&A市場拡大の主要因です。経営者の高齢化と後継者不在が深刻化する中、親族内承継に代わる「第三者承継」としてのM&Aが社会的に受容されました。政府による「事業承継・引継ぎ支援センター」の拡充や税制面での後押しもあり、黒字廃業を防ぎ、雇用と技術を次世代へ繋ぐ手法としてM&Aの活用が定着しています。
DX推進によるビジネスモデルの変容
急速なDXの進展は、既存企業のビジネスモデルに抜本的な転換を迫っています。自社開発による時間的損失を避け、外部の先端技術やデジタル人材を迅速に取り込む「インオーガニックな成長」へのシフトが鮮明です。特にAIやSaaS分野の企業を対象とした買収は、既存事業の生産性向上のみならず、新規事業創出の基盤として重視されています。
金融環境と資本効率への意識高まり
金融政策の転換により金利上昇局面にあるものの、依然として国内の資金調達環境は良好であり、投資ファンドや事業会社による買収資金の確保は円滑に行われています。また、東証による「資本コストや株価を意識した経営」の要請を背景に、資本効率(ROE)の改善を目的とした非コア事業の売却(カーブアウト)と、成長分野への再投資が加速しており、これが案件数の底上げに寄与しています。
グローバル戦略の再構築
地政学的リスクの高まりを受け、サプライチェーンの再編や経済安全保障を考慮したM&Aが重要視されています。日本企業にとって、東南アジアや北米市場におけるプレゼンス拡大は持続的成長に不可欠であり、クロスボーダー案件は単なる規模拡大から、リスク分散と収益基盤の多角化を企図した戦略的投資へと深化しています。
最新トレンドと注目ポイント
ディープテック・AI領域の選別投資
IT領域の中でも、特に生成AIや量子コンピューティング、バイオ技術などのディープテック分野におけるM&Aが先鋭化しています。単なる技術導入に留まらず、当該分野のトップ層のエンジニアを確保する「アクハイアリング(Acqui-hiring)」の側面も強まっており、高度専門職層のキャリアパスとしてもM&Aが重要な役割を果たしています。
スタートアップ・エコシステムの成熟
IPO市場の変動を背景に、スタートアップにとっての出口戦略(EXIT)としてM&Aが有力な選択肢となっています。大企業によるCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)活動の活発化に伴い、創業初期段階からの資本提携、そしてマジョリティ買収へと至る「オープンイノベーション」のサイクルが確立されつつあります。
ESG・サステナビリティ経営の具現化
ESG投資への対応は、もはや企業の社会的責任ではなく財務的価値に直結する課題です。再生可能エネルギー、サーキュラーエコノミー、脱炭素技術を持つ企業の買収は、企業の非財務情報の価値を高める戦略的な布石となっています。グローバルな機関投資家からの評価を意識し、ポートフォリオのクリーン化を加速させるためのM&Aが今後も増加する見通しです。
バイアウト手法の高度化
100%買収にこだわらず、マイノリティ出資からの段階的な買収や、JV(ジョイントベンチャー)を通じた共同投資など、手法が多様化しています。また、PMI(ポスト・マージ・インテグレーション)において、買収先の独自性を維持しつつシナジーを創出する「連邦経営」的なアプローチも注目されており、統合リスクを最小化する高度なスキーム構築が求められています。
今後のM&A市場の展望
重点成長業界の予測
今後の市場を牽引するのは、AI・ロボティクスを核とした製造業の高度化や、医療・ヘルスケア分野の統合と予測されます。特に2026年以降は、高齢化社会の課題解決に向けた「エイジテック」や、個別化医療(プレシジョン・メディシン)関連のM&Aがグローバル規模で活発化する公算が高いと言えます。
地方経済の再編と中堅企業の台頭
地方における銀行主導の再編や、地場企業同士の統合による「地方発・中堅企業」の誕生が期待されます。事業承継を契機としたM&Aが、単なる企業の存続に留まらず、地域産業の集約と生産性向上をもたらす、地方創生の有効なドライバーとしての地位を確立するでしょう。
市場規模のさらなる拡大と質的変容
2024年に記録した過去最多件数は、一時的なブームではなく、日本企業の経営戦略におけるM&Aの「標準化」を意味しています。今後は件数の増加のみならず、一案件あたりの大型化や、より複雑なスキームを伴う戦略的案件が増加し、市場は量・質ともに成熟期へと向かうことが予想されます。
不確実性への対応とPMIの重要性
金利変動や地政学的緊張、さらにはAIによる労働市場の変化など、外部環境の不確実性は依然として高い状況にあります。このような環境下では、買収前の精緻なデューデリジェンスに加え、成否を分ける鍵となるPMI(買収後の統合プロセス)へのリソース配分がこれまで以上に重要となります。人的資本の融合と企業文化の調整を重視する経営姿勢が、M&Aを真の成功へと導く不可欠な要素となるでしょう。
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