調剤薬局M&Aの現状と背景

業界全体のM&A増加傾向とその要因

調剤薬局業界では、M&Aが年々増加する傾向にあります。この背景には複数の要因が挙げられます。一つは市場全体の競争激化です。全国で約5.8万店舗に達する薬局の中で生き残りを図るため、規模拡大を目指す中堅・大手チェーンがM&Aに積極的に取り組んでいます。また、経営の効率化を図るため、スケールメリットを得ようとする動きも見られます。さらに、薬局運営では薬剤師の確保が重要ですが、M&Aによる統合は人材リソースの拡大にも寄与します。

薬局M&A市場における後継者問題の影響

後継者問題は調剤薬局のM&A市場を活性化させる大きな要因の一つです。特に、多くの中小規模薬局の経営者が高齢化している現状が影響しています。経営者の平均引退年齢は67歳と言われますが、親族や従業員への継承が難しいケースが少なくありません。そのため、事業を存続させるために第三者譲渡、つまりM&Aが選択されることが増えています。特に株式譲渡や事業譲渡といった方法が活用されることで、経営資源の引き継ぎがスムーズに行えるようになっています。

薬価改定と業界収益構造の変化

日本の調剤薬局業界は、薬価改定による影響を大きく受けています。薬価改定は毎年行われており、2024年4月には平均4.67%の引き下げが予定されています。このような改定により調剤薬局の収益構造は大きな変化を遂げつつあります。特に利益の柱である医療用医薬品の調剤収益が削られる中、経営の安定性を確保するために多店舗展開を進めるケースが見受けられます。収益性の低下を補うため、非調剤商品の販売や新規事業の模索が進む一方で、収益力の強化を目的としたM&Aが積極的に行われています。

大手チェーンの動向と市場シェア拡大の背景

調剤薬局業界において、大手チェーンのシェア拡大が進んでいます。たとえば、アインホールディングスや日本調剤といった企業は、それぞれ年間売上高が3,000億円を超える規模で業界を牽引しています。また、スギホールディングスが2024年2月にI&Hを買収し、株式の61.89%を取得する予定であるなど、大手によるM&A事例は近年増加しています。このような動きの背景には、規模の拡大を通じたコスト削減やサービス提供領域の拡大が挙げられます。また、競合他社に対抗するため、市場占有率を高めるべく積極的に買収や経営統合を進めています。

調剤薬局M&Aの価格相場の決定要因

のれん代（営業権）とその算出方法

調剤薬局M&Aの価格相場において、「のれん代（営業権）」は重要な要素となります。のれん代とは、その薬局が持つブランド力や顧客基盤、収益能力を評価した価格部分を指します。特に調剤薬局の場合、一定の処方箋枚数や常連患者層の確保、地域での信頼性などが営業権として算出されます。この算出方法には、年間収益および将来の収益予測が基準として利用されることが多いです。また、薬局の立地や地域密着型サービスの提供内容ものれん代評価に影響を与えます。適正なのれん代の算定は、後の価格交渉においても大きな鍵を握ります。

時価純資産価額と価格評価の基準

調剤薬局M&Aの相場を決定する際には、「時価純資産価額（NAV）」が重要な評価基準となります。時価純資産価額とは、薬局が所有する資産（設備や在庫、土地など）の時価評価額から負債を差し引いた金額を指します。この評価基準は客観的な財務状況を反映しており、買収側にとってリスクを最小限に抑える役割も果たします。また、調剤薬局の事業譲渡において、適切な在庫管理や施設の維持状態が時価評価に与える影響も見逃せません。特に、老朽化した施設や売れ残った医薬品の存在は、時価純資産価額を引き下げる要因となるため注意が必要です。

利益の反映：EBITDAと価格提示の関連性

M&Aにおける価格提示を検討する際、「EBITDA（税引後利益、利息、減価償却費を控除する前の利益）」は重要な指標の一つです。調剤薬局の収益力を測るため、EBITDA倍率を基準にした価格算定が広く行われています。一般的には、薬局のEBITDAに一定の倍率を掛けることで推定価格が算出されますが、その倍率は業界の動向や個別の薬局の収益性によって異なることがあります。特に、収益性の高い店舗や将来の成長チャンスを秘めた調剤薬局ほど、高いEBITDA倍率が適用される傾向があります。一方で、薬価改定などの法的変更が利益構造にどのような影響を及ぼすかも慎重に考慮する必要があります。

地域性が価格に与える影響

調剤薬局のM&Aにおける価格相場は、地域性によって大きく左右されます。都市部では立地条件の良さや高い人口密度が相場を押し上げる要因となる一方、地方では競合が少ない利点が評価されることがあります。しかし、地方では高齢化や人口減少といった社会的背景が薬局の将来収益を不確実にする場合もあり、その点が価格に反映されることがあります。さらに、地域ごとの医療提供体制や診療報酬制度の差異も相場形成に影響を与えます。そのため、調剤薬局のM&Aにおいては、地域特有の需要動向や競合環境を綿密に分析することが成功への鍵となります。

成功事例から見る調剤薬局M&Aのポイント

事例1: 薬局運営の効率化と買収成功要因

近年、調剤薬局では運営効率化を目的としたM&Aが増加しています。その背景には、薬価改定による収益構造の変化や競争環境の激化が挙げられます。例えば、ある中堅の調剤薬局チェーンが複数の小規模薬局を買収した事例があります。この買収により、医薬品の仕入れコストを削減するとともに、従業員の配置を最適化し、運営効率を大幅に向上させることに成功しました。このように、事業規模が拡大することで収益構造を改善し、競争力を強化することが可能です。

事例2: ドラッグストア企業との提携による事業拡大

調剤薬局とドラッグストア企業の提携も、注目される成功事例の1つです。大手ドラッグストアチェーンが調剤薬局を買収し、調剤サービスを店内に導入した事例では、薬局と日用品販売のシナジー効果を発揮しています。この取り組みにより、消費者の利便性が向上し、集客力が高まるという結果をもたらしました。また、調剤部門の収益性を背景に事業基盤を強化する戦略は、多くのドラッグストア企業が追随しています。これにより、M&Aを通じた事業領域の拡大が一層進んでいます。

事例3: 地域密着型薬局の譲渡とシナジー効果

地方で事業を行う地域密着型薬局も、M&Aを通じて効率的な事業運営を達成しています。あるケースでは、親族間継承が困難となった薬局が、大手薬局チェーンに事業を譲渡することを選択しました。これにより、買収先企業は地域での信頼と顧客基盤を活用し、安定した事業展開を図る一方、売却側の経営者も引退後の資金対策をスムーズに進めることができました。このようなシナジー効果は、特に地域の医療ニーズが高まっている場面で注目されています。

円滑なM&Aを実現するための仲介活用

調剤薬局M&Aを成功させるためには、中立的な立場でサポートを提供するM&A仲介会社の活用が効果的です。仲介会社は、売り手と買い手の橋渡し役として、価格交渉や条件設定をスムーズに進行させるだけでなく、市場相場に基づいた適正な価格評価を提供します。さらに、M&Aに関わる法的手続きや契約条件の調整も仲介会社が専門的に対応するため、取引の透明性が確保されます。特に初めてのM&Aに挑む経営者にとって、専門家のサポートは非常に重要です。

調剤薬局M&Aの今後の展望と課題

薬事政策の変更がもたらす業界への影響

調剤薬局業界において、国の薬事政策の変更は大きな影響を及ぼします。特に、薬価改定により収益構造が変化しており、2024年には薬価の平均が4.67%引き下げられる予定です。このような政策的な収益減少は、小規模薬局や地方薬局に対して特に厳しい経営環境を生み出しているといえます。この結果、規模の小さい調剤薬局がM&Aを選択するケースが増加する傾向にあります。また、薬局機能の分化や地域連携の促進といった政策が進む中、大手チェーンと中小薬局の間での競争がさらに激化し、M&A市場にも波及している状況です。

デジタル化による経営効率化とM&Aの加速

デジタル技術の進展は調剤薬局の経営効率化を後押しし、M&Aの加速要因としても注目されています。電子処方箋の導入やオンライン診療の普及により、顧客へのサービス提供が効率化されましたが、一方でこうした技術革新に対応できない薬局は生き残りが難しくなる可能性があります。その結果として、大手チェーンによる買収が進む一因となっています。また、調剤薬局M&Aにおいてデータのデジタル化や顧客情報の管理は買収価値を高める方向に寄与しており、競争力を強化する重要な要素となっています。

人材不足問題と業界再編の方向性

薬剤師不足の問題は、調剤薬局M&Aの主要な背景要因の一つとなっています。特に地方の調剤薬局では薬剤師確保が困難であり、経営の継続が厳しい状況が散見されます。このような人材不足に対応するために、大手チェーンはM&Aを通じて人材資源を効率的に確保しつつ、地域医療を維持する取り組みを進めています。また、親族への事業継承が難しいケースが多く、後継者不在問題と人材不足が複合的に絡むことで、業界再編の動きが加速しています。結果として、地域密着型薬局の事業譲渡や株式譲渡が増加しており、これが業界全体の構造を大きく変える要因となっています。

地域ごとの需要の変化と新たなM&A戦略

地域による需要の変化は調剤薬局M&A戦略に大きな影響を与えています。都市部では患者数の増加や高齢化が進み、薬局の需要が一定数確保される一方、地方部では人口減少に伴い薬局の売上が減少傾向にあります。このような地域差を背景に、地域に特化したM&A戦略が注目されています。例えば、人口減少が進む地域では、複数の小規模薬局を統合して経営効率を高める動きが見られます。また、都市部では競合他社との差別化を図るために、大手チェーンが高収益を見込める薬局の買収に動く傾向があります。これらの地域ごとの特性を踏まえた戦略が、調剤薬局M&A市場の今後の課題とされるでしょう。